2008年9月15日、米国住宅市場の悪化による住宅ローン問題がきっかけで、投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが倒産、これにより連鎖的に世界規模の金融危機が発生し、数年に渡り世界的に株式市場が低迷しました(株価が元の水準に戻るまで6年近くかかりました)。これが「リーマンショック」と呼ばれる出来事です。ただ実際には、倒産の1年前から兆候がありました。
企業型DCで私が選んだ「三井住友・DC外国株式インデックスファンドS」の2006年4月~2014年3月末までの基準価額の推移は以下です。

2007年4月加入前の1年間は多少のデコボコはあるにしろ、順調に右肩上がりを示していて、2006年度で基準価額は△17%アップ(2006年4月初=13,462円→2007月3月末=15,726円)、加入前の説明資料の通り高いリターンの商品です。2007年4月加入後も上がり続け、2007年7月20日にはついに最高値18,081円を付けました。加入から数カ月間は順風満帆で、将来は結構な資産になるのでは?と期待していたのですが・・・・。
そこから、最高値を付けた後は大きく上げ下げを繰り返しながら(後に知ったデッド・キャット・バウンスという現象)順次右下がりになり2008年3月末は13,060円まで下がってしまいました。最高値からは約5,000円(▼27%ダウン)の下げ幅です。リーマンショックはこれから起こる話なので、実はここまではまだ”序章”です。
年に1度、企業型DCの管理会社から資産状況のレポートが届くのですが、1年目の結果は拠出金累計(事業主掛金)=1639,00円、資産額=136,047円、損益=▲27,853円という結果でした。約3万円の赤字でしたが、海外株式はリスクが大きいのも承知の上でしたので、翌2008年はきっと巻き返してくれるだとうと淡い期待を寄せていました。

ところが、、、2008年9月ついに倒産が起こりました。これを起点に基準価額は”落ちるナイフ”の如く急落下、10月早々には10,000円を大きく割り込みました。急速に円高も進行したため、海外株式の下落に拍車をかけ、2009年2月には最安値の6,616(オーメン!)円をつけるまで落ち込んだのです…2007年7月につけた最高値からは約11,500円(▼63%ダウン)の下げ幅です。
2年経過後の管理会社から資産状況のレポートが届き恐る恐る開封したところ、2年間の拠出金累計(事業主掛金)=342,700円、資産額=213,938円、損益=▲128,762円と赤字額が1年目の約4倍近くに膨れ上がっていました。

ちなみに、2008年9月の倒産は同2008年11月のアメリカ大統領選にも影響し、民主党のオバナ氏が当選(副大統領はバイデン氏)、共和党(ブッシュ大統領)から政権を奪還した年でもあります。またリーマンショックは日本経済にも打撃を与え、日本国内でも翌2009年には自民党(麻生内閣)から民主党(鳩山内閣)へ政権交代が起こりました。経済のみならず、政局にも大きく影響を及ぼす(もしくは政局が経済に大きく影響する?)出来事だったのです。
その後も基準価額は10,000円前後行ったり来たりで上がる気配はなし。寧ろさらに悪化する論調まで登場、このまま毎年損益悪化したら、すぐに100万の赤字となってしまうと思い、商品の変更を検討しだしました。ただ、世界的な不況で国内株式も全然ダメ、バランス型も株式が足を引っ張りマイナス、唯一国内債券100%に切り替えればプラスがでる可能性はありましたが、今までの損を取り戻す程のリターンは当然望めずの八方塞がりの状況でした。
なんだかんだ検討した挙句、「海外株式を選択した自分が、投資の才能がなかっただけ・・・。才能がない自分が他の商品に変更しても、結局失敗するのでやめた方が良い」、「でも、このままマイナスが大きくなるのも怖い」。「怖いのであれば、目をつぶって貝になろう・・・」、「こんな世界的恐慌が起きる直前にこんな制度を始めた会社が悪い。どのみち会社が出している”あぶく銭”(これは後に間違いである事に気づく)、自分の懐が痛むわけでない」と自分に何度も言い聞かせ、結局『臭い物に蓋をする』という事で“見ない事にしよう”という結果に至りました。
それ以降10年近く、基準価額は全く確認せず、年に1度の管理会社から届く資産状況のレポートも下記の写真の通り開封せず(退職後に開封しましたが..)、全てなかった事にしたのです。(つづく)


